日本遺産「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道」~資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍~

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2024.10.01

生野の歴史にふれる

 

 
かつて、生野の扇山に天台宗の「大破寺」があったそうな。
 
新町にあるお寺「唯念寺」の明治生まれのお婆さんは、向かいの扇山を見ながら、「あの山の上にこのお寺はあった」と言う。
それを聞いた昭和生まれの孫(先代住職)は「行ってみたい」と思い、親戚の人と扇山の谷を遡る。そして道中の岩盤に線刻を見つける。
 
 
時を経て、2020年、生野の歴史を詳しく記した「新町歴史散歩」にこのことが書かれた。
そして、当時高校生だった「唯念寺」の孫娘は、探求授業の中で生野のお寺を調べ、自分のお寺の歴史に興味を持った。
山に詳しい人の力を借り、扇山のお寺があったとされる場所に行ったが、木が繁り、水の湧く湿地帯があるばかりだった。
 
 
先日、私は地籍調査で奥銀谷から扇山を目指した。
谷を遡ると大きな坑口があり、その傍らに線刻を見つける。お寺の先代住職が子供の頃に見つけたものだ。
山を降り、新町のお寺に行き、その発見を伝える。とても喜んでおられました。
 
天台宗の大破寺の資料は全くありません。
そこにお寺を作ろうとした経緯もわかりませんが、かつて鉱山町に開かれたお寺には内山寺もあります。
小野の車谷に流れる水を遡って、湧き水のある場所に作ったなら、この大破寺も同じ条件。
 
奈良時代に開かれたものか…?!謎の寺、大破寺に興味を持ちました。
写真は道中のものです。
いろんな思い出がある山歩きでした。
 
 
谷を遡ると大きな坑口が現れる
 
 
 傍らには線刻
 
 
 
[ライター:powerstonewalk]
 
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